top of page

IBMとロシュが共創するAI糖尿病管理の未来──血糖値の“予報”が変えるセルフケアの新常識

  • 執筆者の写真: 山崎 広治
    山崎 広治
  • 2025年7月15日
  • 読了時間: 6分

はじめに:“測る”から“予測する”時代へ。AIが変える病気との向き合い方

「糖尿病」と聞くと、多くの人が“血糖値を測る病気”というイメージを持つかもしれません。しかし実際には、糖尿病とは日々の暮らしそのものに密接に関わる慢性疾患であり、継続的な自己管理が求められる“生活習慣病の代表格”です。


食事、運動、睡眠、ストレス管理─そのすべてが血糖値に影響し、その結果として倦怠感、眠気、集中力の低下、さらには重篤な合併症へとつながる可能性があります。重要なのは、その“わずかな変動”が命を左右することもあるという現実です。


しかし、これまでの糖尿病管理は“測ってから対処する”という後手の対応が基本でした。症状が出てから測定し、数値を見て行動する。このようなアプローチ方法がほとんどでした。


そんな中、医療とテクノロジーの巨人であるIBMとロシュが手を組み、未来の糖尿病管理を変える一歩を踏み出しました。それが、「Accu-Chek SmartGuide Predict」というAI搭載の予測型糖尿病管理アプリです。


このアプリは、これまでの“測る”というアプローチに加え、“予測する”という新しい軸が期待できます。血糖値の先行きを可視化し、一歩先の行動判断、つまり「未来の自分を守る」ための選択肢や意識決定がこれにより可能になります。




1. 血糖値の「予報」が現実に──糖尿病ケアのパラダイムシフト

国際糖尿病連合(IDF)の統計によると、2024年時点で世界には約5億9,000万人の糖尿病患者が存在しています。これは、成人の約9人に1人が何らかの形で糖尿病を抱えている計算であり、今や糖尿病は世界的な公衆衛生の課題となっています。


特に2型糖尿病の増加は顕著であり、都市化・食の欧米化・運動不足・慢性的なストレスといった現代的要因が複雑に絡み合っています。先進国にとどまらず、新興国や低中所得国でも急速に患者数が拡大しています。


こうした背景の中で登場した「Accu-Chek SmartGuide Predict」は、従来の血糖測定の延長線上にあるのではなく、“予測型ヘルスケア”という新たな次元を切り拓く存在です。

AIが日々のデータを解析し、未来の血糖値変動を“予報”として示してくれます。


それは、血糖値を天気のように先読みし、「今日はこのタイミングで軽く運動しておこう」「この夕食のあと、どんな血糖反応があるか事前に見てみよう」といった主体的なセルフケアが可能になります。





2. AIによる3つの革新的な機能──予測型ケアの実力

① 血糖値予測(Glucose Forecast)

この機能は、ユーザーの食事内容、運動、インスリン投与などのデータをもとに、次の2時間の血糖値の変動を予測します。これにより、ユーザーは「これから上がる」あるいは「下がるかもしれない」という未来の変化を事前に知ることができるのです。


たとえば、高糖質なランチを摂取した直後に、「90分後に血糖値が急上昇する可能性あり」と通知されれば、その前にウォーキングを挟む、インスリンを調整する、といった“先手の行動”がとれます。これは合併症の予防だけでなく、パフォーマンス維持にも貢献する医療アシスト機能といえるでしょう。



② 低血糖予測(Hypo Alert)

低血糖は、運転中や仕事中、深夜などに突然起こると命に関わることもある、極めて危険な状態です。SmartGuide Predictは、このリスクを30分以上前から予兆として検知し、アラートを送ることを目指しています


これにより、症状が現れる前にブドウ糖を摂取するなどの対応が可能となり、事故や転倒、意識消失などを未然に防ぐ効果が期待されています。これはまさに、“命を守る予測AI”とも呼ぶべき機能です。



③ 夜間低血糖予測(Night Hypo Prediction)

就寝中の低血糖は、本人が気づかないまま深刻化するケースがあり、特に一人暮らしの高齢者にとっては致命的なリスクです。この機能は、就寝前のデータをもとに夜間の低血糖リスクをAIがスコア化し、必要に応じて「軽食の摂取」などを提案します。


現時点で通知内容はスイス国内での運用に限られており、国際展開に際してはカスタマイズの可能性もありますが、いずれにしても“安心して眠る”という患者の基本的権利を守る、画期的なサポート機能といえるでしょう。




3. watsonxが医療研究を加速──AIとビッグデータの融合

IBMの「watsonx」は、企業向けの生成AI・データ分析プラットフォームであり、医療・製薬・金融など多岐にわたる分野で活用されています。


このプラットフォームを活用することで、糖尿病患者から収集された膨大な匿名データを効率的に解析し、以下のような研究が可能になります。

  • 血糖値と食事・運動・ストレス・睡眠との因果関係の抽出

  • 相関パターンの発見と視覚化

  • 個別最適化された生活指導アルゴリズムの開発


AIの力によって、従来では見逃されていた「兆候」や「異常な傾向」も可視化されつつあり、将来的には医師の臨床判断を補完する役割を担うと期待されています。




4. スイス発ローンチの理由──品質と信頼のテストベッド戦略

Accu-Chek SmartGuide Predictは、2025年6月現在、スイス国内限定で提供されています。

この背景には、以下の理由が挙げられます。

  • ロシュの本社があるスイスは、医療機器や医療アプリの規制が世界でもトップレベルに厳しい

  • GDPRをはじめとする個人情報保護法規制が整備されており、信頼性の高いテスト環境が構築可能

  • 医療従事者と患者のフィードバックを密に集められる、機能検証の理想的な場所


つまり、これは単なる先行提供ではなく、将来的なグローバル展開を見据えた“実証フェーズ”といえるのです。欧州→アジア→北米という展開計画も視野に入れていると見られています。




5. “未来の標準”を見据えて──AIセルフケアの可能性

IBMとロシュのこの協業は、単なるアプリ開発ではありません。それは、テクノロジーと医療の融合によって実現される“予測型ヘルスケア”という新たな価値観を示す、モデルケースなのです。


今後は糖尿病に限らず、以下のような疾患領域にも応用されていく可能性があります。

  • 心疾患:心拍変動や血圧異常から、発作の兆しを事前に検知

  • COPDや喘息:空気質・アレルゲン・症状履歴の連動による発作予測

  • パーキンソン病:微細な運動変化や言語の変化から、進行の兆候を可視化


これらはまだ研究段階ではありますが、“予測と行動の橋渡し”を行うAIツールが、病気の捉え方そのものを変えつつあるのです。




まとめ──「予測できる安心」が、人生を変える

Accu-Chek SmartGuide Predictは、ただのアプリではありません。それは、糖尿病という目に見えないリスクに対して、「今の安心」だけでなく「この先の安心」までもたらしてくれるパートナーです。


血糖値の未来を読み、低血糖を未然に察知し、夜間のリスクにも備える。この予測型自己管理の仕組みが普及すれば、患者はただ数値を追う存在から、「自らの未来を設計するプレイヤー」へと変わっていくでしょう。

そしてこの考え方は、糖尿病に限りません。

病気の兆候を見つけるのではなく、“来そうな波”に備える。医療を受けるだけでなく、自らの意思で選択する。不安で眠れなかった夜が、安心して眠れる夜に変わる──。

そんな未来は、もうすぐそばに来ています。

テクノロジーは人間を超えるためではなく、人間をより人間らしく生きるためにある。IBMとロシュの挑戦は、その哲学を体現した、次世代医療のはじまりと言えるでしょう。




📚 参考・参照URL一覧(2025年7月時点)

  1. IBM Newsroom – IBM and Roche partner on AI-powered diabetes management https://newsroom.ibm.com/2025-06-05-IBM-and-Roche-partner-on-AI-powered-diabetes-management

  2. Roche Media – Roche launches Accu-Chek SmartGuide Predict in Switzerland https://www.roche.com/media/releases/med-cor-2025-06-04.htm

  3. International Diabetes Federation – Diabetes Facts & Figures 2024 https://idf.org/aboutdiabetes/what-is-diabetes/facts-figures.html

  4. IBM watsonx – Enterprise-ready AI and data platform  https://www.ibm.com/watsonx

  5. Roche Accu-Chek – SmartGuide Predict 製品紹介(スイス)  https://www.accu-chek.ch/smartguide-predict

  6. Artificial Intelligence News – IBM and Roche develop AI-powered diabetes app https://www.artificialintelligence-news.com/2025/06/05/ibm-roche-diabetes-management-ai-blood-sugar-healthtech/

コメント


bottom of page